私は、現在30坪くらいの畑に15種類以上の野菜や、花を育てています。今はきゅりとピーマン、青じそが最盛期です。
ナスも植えてあるのですが、毎年うまく沢山のナスが育ったことが無いのです。
いろんな野菜はその年、時々でうまく出来たりできなかったりしてますが、隣の畑のおばさん曰く、うまく出来たら農家の人が泣くから、素人はこんなもんだと、慰めてくれます。そして、お互いできた野菜を物々交換したりしています。
私が畑をやり始めたのは、十数年前からです。同居の養母が出来なくなり、借りていた一区画30坪の畑の草取から、少しずつ野菜を植え始めたのです。
私の育った実家は、父が家とは別の場所で商売をしていたので、母一人で10ヘクタールの田畑を耕していたのです。母一人ではできないので、学校の休みの日には、手伝いをさせられていました。中学生の時などは、学校が認めていた農繁期休暇たるものも存在していましたよ。子どもたちが農家の担い手として当たり前の時代だったんですね。今の、「ラーケーション」とはずいぶん違いがありますが。
ただ、そんな経験があったからこそ、始められたのだと思います。
家族総出で田植えをして、お昼ご飯はお櫃に入れたご飯のサバの缶詰、たくわん、質素なご飯だけどおいしかったこととか、暗くなっての帰り道、蛍が飛び交っていたこと、懐かしく、いい思い出です。寒い冬には麦踏、夏の暑い時期には、草取。なんで、農家に育ったんだろう!もっと自由に遊びに行ける家の子に生まれたかったなどど、時々、どうしようもない環境を恨めしく思ったりもしていましたね。しかし、お手伝いをすることは当たり前の時代だったんです。
そんな中、中1の夏休み前に、校庭の草取の時間があったのです。多分一時間位。私はいつものように、何も考えず黙々と草取をしていました。同級生は、やりたくないのか怠けたりふざけあったりして一時間を過ごしていました。その日の帰りの時間、担任の先生が草取の様子を、そして私が頑張っていたことを、みんなの前で褒めてくださったのです。私にとってはいつもの事でしたが、それがっとっても嬉しかった思い出があります。頑張ってると「おてんとさんが見ていてくれる」誰の言われたわけでもないけど、頑張ることはいいことって。
そんなわけで、私は草取が好きかもしれません。畑も土日しか時間はありませんが、せっせと草取に行ってます。雑草の成長は早いですよ。一週間でびっくりするくらい大きくなっています。
孫たちにも、食育とまでも言いませんが、私が小さいころ体験したことを味合わせたいなんて思ったりしています。
ジャガイモ堀した後は、ポテトチップスを作って、孫を喜ばせたい!なんて。大きくなった野菜を採らせたい、新鮮な野菜を食べさせたい、なんてね。
そんな、楽しみがあり草取も楽しいのです。
先日、孫の家の草取をしていた時、なんで、今日はおばあちゃんが草取をしていると思う?って尋ねたら。暇だからって!私をからかったので、雨が降って草が抜きやすいいからだよ~って、私が返したら、孫が笑っていました。その時、私気づいたのです。草取が好きかもしれないけど、草の生えてる状況が好きではないのかもしれないな。
先日、高校の同級生と話をしていたら、二人とも草取って好きって言ってました。何も考えず黙々とやることが楽しいって、そうかもしれないです。きれいになったら気持ちもいいしね。